
中国に飲み込まれなかった。その一事だけでわたしは少しほっと胸をなでおろした。
2026年4月21日、家電量販店のノジマが日立製作所の国内白物家電子会社「日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)」を1000億円超で買収する方針を固めたと報じられた。
買収発表を受けてノジマの株価は大幅続伸。
市場は歓迎ムードだ。
でも、わたしの気持ちはもう少し複雑だった。
日本最後の「つくる家電」が手放された日
東芝の白物家電は、中国の家電大手・美的集団(メイディア)に売却された。
シャープは台湾の鴻海(フォックスコン)傘下に入った。
三洋電機はとっくに消えた。
そして今回、日立GLS。
日立GLSは、茨城県日立市の多賀事業所と栃木県栃木市の栃木事業所、この国内2拠点で冷蔵庫・洗濯機・炊飯器・ドラム式乾燥機などを作り続けてきた会社だ。
海外の安い工場に逃げることなく、日本の土地で、日本の職人が、丁寧に組み上げる。
「壊れない日立」という評判は、まぎれもなく国内生産の矜持から生まれたものだった。
売上高は2025年3月期で約3676億円、営業利益約392億円。
利益率にして約10.7%。
成熟産業の中にあって、これはむしろ優秀な数字だ。
赤字で苦しんだとも言われるが、日立の本社から見れば「中核ではない」と位置づけられた。
デジタルサービス企業への完全転身を目指す日立にとって、家電は「売り切りで終わる事業」に過ぎなかった。
2009年のリーマンショック後に7873億円の巨額赤字を計上した日立は、そこから17年かけて「選択と集中」を徹底してきた。日立金属、日立ケミカル、日立建機を次々と手放し、社会インフラとデジタル分野に絞り込んできた。
今回の白物家電売却は、その長い改革の「最後の一手」だった。
ノジマという買い手を、どう見るか
白物家電の買い手候補には、韓国のサムスン電子やLG電子、中国メーカーなど7〜8社が名乗りを上げていたと報じられている。
なかでもサムスンは2007年に日本市場から撤退して以来、再参入の機会を虎視眈々と狙ってきた。資金力も技術力も申し分ない。
なのに選ばれたのは、神奈川の家電量販店チェーンのノジマだった。
理由はおそらく、日立GLSが売却の条件として「雇用の維持」「日立ブランドの5年間継続使用」「国内製造拠点の存続」を求めたからだと思われる。
韓国や中国のメーカーに渡れば、どうなるか。
工場の生産を自国に移管し、国内の雇用はじわじわと削られ、日立ブランドだけが輸入家電に貼られる——そんな未来が透けて見える。
ノジマにとってはその条件を受け入れることが、自社ブランド戦略と矛盾しない。
自ら作った製品を、自らの店舗で売る垂直統合のモデルを手に入れられるからだ。
ノジマは近年、2025年にVAIOを買収してパソコン製造業に踏み込んだ。
その流れで、白物家電という巨大な製造領域まで手中に収めようとしている。
工場を持たないファブレス量販店が、いよいよ「ものをつくる会社」になる。
それは確かに、時代の変化を映している。
ただ、わたしには1つ、ぬぐいきれない心配がある。
製造業の経営と小売業の経営はまったく別物だ。
工場の生産管理、品質保証の体制、部品サプライチェーンの維持。どれも量販店のノウハウとは次元が違う。
VAIOで小さな製造経験を積んだとはいえ、冷蔵庫や洗濯機の大量生産ラインは規模が桁違いだ。
5100人の従業員を抱え、2つの国内工場を動かし続けながら、利益を生み出し続けられるか。
「日立ブランドの5年維持」という条件が切れた後に、何が起きるか。
これが、1番の焦点だとわたしは思っている。
日立ブランドを守ると言いながら、5年後に「ノジマブランド」の中国製家電に置き換わっていたとしたら——それはかたちを変えた、やっぱり「日本の技術の空洞化」ではないか。
わたしたちが日立の冷蔵庫を選んできたのは、「日本でつくられた、壊れない家電」への信頼があったからだ。
ブランド名が残るだけでは、意味がない。
品質という魂まで受け継いでほしい。
ノジマの野島廣司社長は「経営哲学を受け入れることが前提」と話したという。
その言葉を額面通りに受け取りたい気持ちは、ある。
でも企業経営というものは、きれいごとだけでは回らない。
コスト圧力がかかれば、国内生産を維持し続けることは容易ではない。
問われているのは、ノジマの「覚悟」だ。
中国に飲み込まれなかった。その一点において、今回の決着はまだ「よかった」と言える。
でも本当に日本の白物家電を守ることができたかどうかは、5年後、10年後の栃木と茨城の工場の煙突がまだ煙を上げているかどうかで決まる。
「日立の洗濯機、やっぱりよく洗えるね」と、将来のある日、誰かがつぶやいてくれること。
そのたった1つの光景を守るために、ノジマには本気で向き合ってほしいと思う。
日本最後の白物家電の火を消さないでほしい。
それだけだ。



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