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「おじさんはキモい」で済ませていいの? 東京都庁クールビズ論争が映す令和もおじさん受難時代

東京都クールビズ

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「おじさんは履かないで、キモいから」

この言葉もし主語が女性や外国人だったら社会はどう反応しただろう。

東京都庁が「東京クールビズ」を打ち出しハーフパンツやTシャツでの勤務を解禁した。

都庁の課長が「勇気が必要だったが仕事の能率は上がる」と語り、実際に働いている職員も「快適で、周囲の反応もポジティブ」と話している。

省エネと働きやすさの両立。

目的としては極めてまっとうな取り組みだと思う。

ところがSNSではすかさず飛んできた。

「おじさんのハーフパンツは不快感を与えます」「すね毛なんて見たくない」

街頭インタビューでも「イヤです」「不快です」「二度見しちゃう」と、否定的な声がずらりと並ぶ。

わたしはこの報道をみてなんとも言えないモヤモヤを感じた。

ハーフパンツへの賛否そのものではない。

「おじさん」という属性を理由に、ある人の服装を「キモい」と公然と切り捨てる空気。

これ冷静に考えてみると相当こわい。

「性的対象化」の理屈は誰にでも向けられる刃

ABEMA的ニュースショーでは、社会心理学が専門の碓井真史教授(新潟青陵大学)が「不快の心理」を解説していた。
要約するとこうだ。

職場は本来、男女関係なく働く場所。

そこで普段見えない脚が露出すると、無意識に「性的対象化」が起きてしまう。

さらに下半身の露出は「身体的境界性」をあいまいにし、「あなたとそこまで近づきたくない」という心理が不快感に変わる、と。

学術的な説明としては理解できる。

ただ、この理屈をそのまま受け入れてしまうとちょっと危うい地点にたどり着く。

「相手の身体を見て不快になった」→「だからその服装をやめるべきだ」

これは過去に女性の服装に対して向けられてきたまなざしと、構造がまるっきり同じではないか。

ミニスカートを履く女性に「目のやり場に困る」と言う。

露出の多い服を着た女性に「職場にふさわしくない」と言う。

あのとき社会は「それはルッキズムだ」「服装の自由を尊重せよ」と反論した。

正しい反論だったとわたしも思う。

ならば、おじさんのハーフパンツにも同じ論理が適用されるべきだ。

なのに、主語が「おじさん」になった途端、不快感の表明が堂々とまかり通る。

この非対称性に、だれも違和感を覚えないことがふしぎでならない。

令和でも続く「おじさん」受難の構造

思い返せば、おじさんへの風当たりは年々つよくなる一方。

「おじさん構文」はLINEの文体をあざ笑い、「働かないおじさん」は中高年社員を十把一からげにお荷物あつかいする。

消臭剤のCMでは中年男性が「臭いの発生源」として描かれもし同じ描き方を女性にしたら大炎上必至だろう。

大妻女子大学の社会学者・田中俊之さんは「おじさんはバカにしてもいいという風潮が加速している」と指摘している。

ここにあるのは、明らかなダブルスタンダード。

属性で人をくくり、その属性ごと「キモい」と断じる行為は差別以外のなにものでもない。

もちろん、すべてのおじさんが被害者だと言いたいわけではない。

パワハラをするおじさん、セクハラをするおじさん、不潔なおじさん。

個人の行為として批判されるべき人はいる。

けれど、「おじさんだからキモい」という言い方は個人の行動への批判ではなく、年齢と性別にもとづく属性攻撃だ。

わたしたちの社会は長い時間をかけて、女性差別、人種差別、障がい者差別に「それはおかしい」と声をあげる文化を育ててきた。

多様性、包摂性、ダイバーシティ。

美しい言葉がならぶ令和の日本で、中年男性だけが「叩いていい存在」として放置されている現状。

それは多様性の理念とまったく矛盾している。

もうひとつ気になるのはメディアの伝え方。

今回の報道でも「おじさんのすね毛は不快」「二度見してしまう」という声が大きく取り上げられていた。
面白おかしく切り取れば視聴率は取れるかもしれない。
でも、特定の属性への嫌悪感をエンタメとして消費する姿勢は、報道機関として誠実だろうか。

たとえば「女性のノースリーブは不快」「若い男性の短パンは許せるけど中年は無理」

こんなコメントを並べた番組があったら猛批判を浴びるはず。

なのに「おじさん」ならOKという暗黙の了解。

テレビが率先してこの空気を作っているようにすら見える。

暑い夏に少しでも涼しく快適に働きたい。

それだけのことなのに、年齢と見た目で足を引っぱられる。

しかもそれを「しかたないよね、おじさんだから」と社会が容認してしまう。

おじさんだって、だれかの父親で、だれかの夫で、だれかの息子。

職場で懸命に働き、家族を支え、税金を納めている一人の人間だ。

その人に向かって「キモい」と言い放つことの暴力性を、わたしたちはもう少し真剣に考えたほうがいい。

多様性とは自分が好きな属性だけを守ることではない。

苦手だなと感じる相手にも、同じだけの敬意を払うこと。

それができてはじめて、ほんとうの意味での「多様性を尊重する社会」が実現するのだとわたしは思う。

ハーフパンツくらい気持ちよく履かせてあげようよ

この夏、心からそう願っている。

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