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玉城デニー知事選出馬声明で「偏向的な平和教育はない!」と絶叫 17歳の命は黙祷のみで済ます

偏向的な平和教育

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人が死んだ。それでも「偏向はない」と言えるのだろうか。

2026年3月16日、沖縄県名護市辺野古沖で、修学旅行中の同志社国際高等学校の2年生・武石知華さんが命を落とした。

波浪注意報が出ていた。海上保安庁の巡視艇がメガホンで「気象、海象が危ない」と警告していた。大型作業船でさえ工事を中止するほどの海況だった。それでも、2隻の小型船は出航し高波に煽られ転覆した。

美しいサンゴ礁が見たかっただけの17歳の少女が、救助を待ちながら船体の下に取り残され帰らぬ人となった。

「平和教育」という名のもとで何が行われていたのか

この事故で問われているのは単なる海難事故の責任にとどまらない。

亡くなった武石さんが乗り込んだのは、ヘリ基地反対協議会が保有する小型船「平和丸」だ。もう1隻の「不屈」とともに、普天間基地の辺野古移設工事に反対する海上抗議活動にも使われてきた船だった。

同志社国際高校はこの抗議船への乗船を「平和学習」として2022年度から修学旅行のプログラムに組み込んでいた。

生徒や保護者には「基地反対を唱えている方々が普段乗っている船」とだけ伝え

それが抗議活動の船であることも海上運送法の事業登録がない無登録の船であることもきちんと説明していなかった。

引率教員は当日体調不良を理由に乗船せずもう1名の教員も乗船を見送った。

生徒だけが船に乗り込み正しい救命胴衣の着用方法も教わらないまま荒れた海へと送り出された。

産経新聞の取材によれば、過去の研修旅行では旅行のしおりに 「協議会からのお願い」として座り込み活動への参加を求める文章が掲載されていたとも伝えられている。

事実であれば教育基本法第14条第2項、すなわち学校が特定の政治活動を行ってはならないという規定に触れる可能性がある。

「平和学習」という美しい言葉の裏側で、未成年の生徒が政治的な抗議活動の現場に組み込まれていたとしたら、それはもはや教育とは呼べない。

玉城デニーは「偏向はない」と言い切れるのか

4月25日、玉城デニー知事は知事選への出馬会見を行いこう語った。

「偏向的な平和教育という言葉が一人歩きしている。沖縄の平和教育は決してそういう偏向的なものではない」

知事の言葉は、言葉として聞こえはいい。沖縄戦の記憶を次の世代に伝えることの大切さはわたしにも理解できる。

証言を守り研究の積み重ねを守ることの重要性も、否定するつもりは毛頭ない。

でも聞かせてほしい。

「偏向ではない」と言うならなぜ保護者の同意なく生徒を抗議船に乗せることが「平和学習」として成立していたのか。

なぜ無登録の船に子どもたちを乗り込ませることが見過ごされてきたのか。なぜ引率教員が乗らなくても出航が止まらなかったのか。

事実が答えを出している。

17歳の少女が船体の下に取り残されていたとき潜水できる機材を持つ救助隊員はいなかった。

救命胴衣のひもが構造物に引っかかり彼女は浮かび上がれなかった。

それは平和を訴える美名のもとで積み重なってきた「管理の甘さ」が招いた結末だ。

「偏向的な平和教育という言葉が一人歩きしている」と知事は言う。だが一人歩きしているのは言葉ではない。命の重さを軽んじた教育の実態が今もって正面から問われないまま置き去りにされているのだ。

政治的なメッセージを子どもたちに背負わせその子どもたちを危険な海に連れ出す。これを「偏向でない」と言い切るには、あまりにも現実から目を背けすぎている。

知事の会見を見た時わたしはぞっとした。謝罪でも反省でもなくディフェンスから始まった言葉に。

共産幹部が「報道されてない」と語ったという言葉も耳に残る。報道されていないのではなく沖縄メディアと癒着しているだけだろう。

この事故の本質つまり「政治活動に子どもたちが動員されていた可能性」に触れることを、避け続けているメディアの姿勢をわたしは強く疑っている。

武石知華さんの父親は 「優しく、聡明な子だった」と語った。

その言葉がすべてだと思う。

彼女はただ友達とサンゴ礁が見たくてそのコースを選んだだけだった。17歳の少女に基地問題の政治的文脈を理解する義務も、危険な海を渡る理由も本来なかったはずだ。

大人たちが「平和」という名のもとで積み上げてきたものがその子の命と引き換えになった。

今こそ問い直す時だ。平和教育とは何のためにあるのか。誰のためにあるのか。

子どもたちを守るためにあるはずの教育が、子どもたちを危険にさらす仕組みになっていたとしたらそれは「偏向」以上の問題だ。

平和を叫ぶ前に目の前の命を守ること。当たり前のことが守られていなかった。

その事実の重さを知事には正面から受け止めてほしい。

何なら知事選に出馬などするなと言いたい。

今回の沖縄知事選は転覆死亡事故とその後の対応が「オール沖縄」に相当打撃を与えていると思う。

国民民主党の玉木雄一郎代表も25日記者団の取材に応じ 「『オール沖縄』の枠組みはもう崩れている」と指摘したらしい。

玉城デニーの3選だけは絶対に阻止したい。

沖縄県民の人たちお願いします。

玉城デニー出馬声明抜粋文字起こし

辺野古の事故によって、いわゆる辺野古反対側に対する批判が特にSNSでは猛烈に吹き荒れていると思います。

しかしその一方で、私は沖縄における沖縄の過去の戦争体験をした方々の残された証言、そして語られる事実、どういう未来であるべきか託されてきたこの世代が、これからも引き続き平和についてしっかりと学び考え訴えていく、発信していくことは沖縄にとっては大きな役割があると考えています。

知事としても、それをしっかりと守っていくという大きな責任があると考えています。

ですから、このことについて、いわゆる偏向的な平和教育という言葉が一人歩きしていることについては、私は沖縄の平和教育は決してそういう偏向的なものではないと考えています。

事実に基づいて証言をされた方々と、沖縄戦を研究された研究者の方々の実績こそが、沖縄で平和について考えてもらうということの真の意味する教育だというふうに考えています。

そのことはこれからも守り続けていかなければならないと思います。

辺野古転覆死亡事故生き残った船長を国会で証人喚問 有耶無耶にさせない 真相を問い続ける理由
17歳の少女が修学旅行から帰ってこなかった。2026年3月16日 沖縄県名護市辺野古沖。「平和学習」のために訪れた同志社国際高校2年の武石知華さんが、転覆した船の中で命を落とした。波浪注意報が出ていた海で。事故から1か月あまりが過ぎた。けれど、わたしはこの事故を忘れるわけにはいかないと強く思っている。なぜなら知華さんの死を取り巻く「構造」があまりにおかしいから。波浪注意報の海になぜ生徒を乗せたのかまず事故の経緯を整理しておきたい。転覆したのは市民団体「ヘリ基地反対協議会」が運...

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