
あなたが子どもの頃、学校で渡した小銭の行き先を知っていますか?
2026年6月13日、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
北海道共同募金会で、赤い羽根共同募金として集められた寄付金のうち少なくとも1億円が使途不明になっていたという。
しかも寄付金を管理していた男性事務局長が繰り返し着服していた疑いがあるというから、開いた口がふさがらない。
寄付金は同会名義の口座に保管され事務局長がたった1人で管理していた。
2026年2月には札幌国税局が所得税法違反の疑いで強制調査に入っている。
15日に記者会見を開くというが、いったいどんな説明がなされるのか。
「赤い羽根」といえば、多くの人が子どもの頃から親しんできた募金の象徴だろう。
街頭で、学校で、町内会で。
善意の気持ちから何気なく渡してきた小銭がまさかこんな形で裏切られるなんて。
怒りを通り越して悲しくなる。
善意のお金はどこへ流れているのか
今回の着服疑惑は氷山の一角にすぎないかもしれない。
赤い羽根共同募金をめぐっては、近年その配分先に対する疑問の声が噴き出している。
まず注目したいのがクルド人支援団体への助成だ。
赤い羽根の公式データベース「はねっと」で検索すると埼玉県内、とりわけ川口市・蕨市エリアで活動するクルド人支援団体に対し約259万円の助成が複数回にわたって行われていたことが確認できる。
事務所設立費やプレスクール事業への支出だという。
川口市・蕨市では一部のクルド人住民による問題行為が地域で大きな摩擦を生んでいる。
地域住民が日々の暮らしのなかで不安を感じているさなか、その支援に自分たちの善意の募金が使われている。
この事実を知ったら快く思わない人がいるのは当然だろう。
さらに問題視されているのが若年被害女性支援を行う一般社団法人「Colabo」への助成だ。
中央共同募金会は2018年度から2020年度までの3年間で計2680万円をColaboに助成したと公表している。
ただし厳密には「赤い羽根共同募金」ではなく、「赤い羽根福祉基金」からの助成だと説明されている。
名前が紛らわしいけれど、運営母体は同じ中央共同募金会。
一般市民からすれば同じ「赤い羽根」の看板を掲げた組織であることに変わりはない。
Colaboの代表者が強い政治的発言を繰り返していたことはSNSでも広く知られている。
福祉活動そのものを否定したいわけではない。
けれど、特定の政治的立場を持つ団体に、国民の善意が流れている構造に違和感を覚えるのはごく自然な感覚ではないだろうか。
中央共同募金会の現会長は村木厚子氏。
元厚生労働事務次官であり、一般社団法人若草プロジェクトの代表理事でもある。
前会長については共産党との関係を示唆する写真がSNS上で話題になったこともあった。
組織のトップ人事に政治的な色がにじんでいるという指摘は根も葉もない話とは言い切れない。
子どもたちが「断れない」募金活動という現実
もう1つ見過ごせない問題がある。
学校教育の現場への深い浸透だ。
赤い羽根共同募金の公式サイトには「先生方へ」というページがある。
そこには募金活動が子どもたちにとって最適な「福祉教育ツール」であり、「寄付の文化を根付かせていくことが必要」だと堂々と記されている。
調べ学習、ボランティア体験、募金箱コンクール。
学校行事に深く組み込まれた仕組みが全国に広がっている。
一見すると、微笑ましい教育活動に映るかもしれない。
でも、ちょっと立ち止まって考えてほしい。
2025年5月、参議院議員の浜田聡氏が質問主意書を提出した。
その中で紹介されている国民からの声は生々しい。
「学校で子どもたちに募金をするよう呼びかけ、断ると孤立したり批判されたりする」
「集められたお金が何に使われるのか、十分な説明がない」
これは本当に「自発的な善意」と呼べるものだろうか。
社会福祉法第116条は 「共同募金は、寄附者の自発的な協力を基礎とするものでなければならない」 と明記している。
子どもが教室で 「募金しない」 と言えない空気は実質的な強制に等しい。
町内会でも同じ構造が指摘されている。
会費から知らないうちに天引きされていたり戸別訪問で断りにくい状況をつくられたり。
「助け合い」の名のもとに、同調圧力が募金を支えてきた実態がある。
浜田議員の質問主意書は、こうした実態が不当寄附勧誘防止法に抵触する可能性まで踏み込んでいる。
しかし政府の答弁は具体的な対応を示すものとは言いがたかった。
わたしは、募金という行為そのものを否定したいわけではない。
困っている人に手を差し伸べたいという気持ちは、とても尊いもの。
ただ、その善意がどこに流れ、誰の手でどう使われているのかが見えなくなった瞬間、募金は「信頼」という土台を失う。
北海道で発覚した1億円の使途不明問題はまさにその象徴だと思う。
1人の事務局長に管理を任せきりにし、チェック機能がまったく働いていなかった。
配分先の選定にも偏りがあるとの批判は根強い。
そして学校では、判断力の未熟な子どもたちが「善意の圧力」にさらされている。
わたしたちの善意は、決して安くない。
だからこそ、1円の重みを守る透明性と中立性を厳しく問い続けなければならない。
「赤い羽根」というブランドを盲信する時代はもう終わりにすべきだ。
自分のお金をどこに届けたいのか。
その選択権は、寄付する側にこそある。



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